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戦線の兵士の想い

 

 8月15日は、終戦の日であるとともに、ベトナム戦争の退役軍人である義父の誕生日でもあります。義父のことを思いつつ、終戦に想いを馳せながら、昨年、義父を訪ねてフロリダに旅行をした時に聞いた体験談を紹介いたします。

 

 義父は、仕事の引退を機にオハイオの自宅を処分し、環境の良い故郷のフロリダで引退生活を送ることとなり、この数ヶ月前に引っ越しをしたばかりでしたので、戸棚の設置やちょっとした水道工事などを手伝いながら、昼間から夜まで酒飲みの義父に付き合ってビール(以前はウイスキーだったのですが…)を飲みながら過ごしました。妻にとっても、お父さんと長い時間を一緒に過ごす機会は貴重で、久しぶりの親子水入らずの時間を楽しむことが出来たようです。

 

 義父は、ベトナム戦争の退役軍人で、アメリカ陸軍の強襲ヘリコプター部隊のパイロットでした。近年、ベトナム戦争の機密作戦に関しての情報も開示され、当時の状況を伝える様々な書籍も出版されていますが、義父も、当時は政府すらその存在を否認していた機密作戦、『ブラック・オペレーション』を遂行するSOGという特殊部隊に所属していて、「アメリカ軍は展開していないと」当時のアメリカ政府が国際社会に向かって断言していた地域での作戦にも参加していたそうです。SOGは、グリーン・ベレーなどを含む先鋭を集めた部隊と伝えられていますから、義父も、ヘリコプターパイロットとしては一流だったということになります。

 

 フロリダの新しい住居は、アメリカ海軍の所有地内にあり、周辺には軍の施設も多く、地域全体が基地の町といった雰囲気があるところです。そういう雰囲気が好きでここを選んだのかなと思ったら、陸軍の航空部隊に所属していた義父は、「海軍には逮捕されたことがあるので、あいつらは好きじゃない。ただ、いい条件だったのでここを選んだだけだ。」と義父。え? 海軍に逮捕されたって、いったい何があったの?

 

 当時、陸上では連日激しい戦闘が続いていて、その日も1週間ほどの激しい戦闘の後、疲労困憊した状態で、補給物資を海軍の艦船から輸送する任務のためにヘリコプターを操縦していました。ようやく着艦という段階になって、艦から無線で着陸地点の指示が出されましたが、海軍の専門用語だらけで、どこに降りたらよいのかさっぱりわからない。指示を言い直すように何度頼んでも、堅物の士官は同じことを繰り返すばかり。必死で戦っている陸軍の兵士からしてみると、安全な海上で後方支援をしている海軍にはただでさえムカついていたので、ヘリを艦橋の窓のすぐ前まで接近させて、その士官の顔を見ながら「何を言っているか分からないから場所を指差せ!」と伝えて、ようやく着陸地点が確認できたそうです。しかし、この態度に海軍士官は激怒。その士官は義父よりも階級が上であったため、携帯している銃が規定違反だとかなんとか、いろんな難癖をつけられ、他の乗組員が船内でのんびりとくつろいでいる間も、MPに逮捕拘束された状態で、灼熱の甲板で待機させられることになりました。敵との戦闘でクタクタの上に、友軍からもこの仕打ち。どうにも腹の虫が収まらなかった義父は、離陸すると、その船にヘリから催涙ガスをおみまいして飛び去ったそうです、もちろん、これはすぐに海軍の上層部に報告され、陸軍の司令官に抗議の連絡が入り、基地に戻るとすぐに司令官から呼び出されました。「何があったんだ?」と問われて、あったことを正直に伝えたところ、司令官は椅子から転げ落ちんばかりに大笑いして「グッド・ジョブ!」と喜んだそうです。

 

 補給物資の輸送に関しては、もう一つ面白い話を聞かせてくれました。

 

 暑いベトナムの戦場では、冷たいビールを飲みたくても十分な冷蔵庫もありません。そこで、補給品にビールがある時には、わざと遠回りをしてヘリのドアを開けたまま山岳地帯を飛んでビールを冷やしてから基地に戻ることもあったそうです。また、基地にあるビールを冷やす時には、「訓練」と称し、新米パイロットにビールを積んだヘリをドアを開けたまま高高度で1時間ほど飛んでこさせてたそうです。高高度で吹きっさらしで1時間も飛ぶのはかなり辛いのですが、上空に行けば長距離電話でアメリカの家族とも連絡が取れるということもあり、皆が交代でこの厳しい「訓練」にあたったそうです。

 

 当時のヘリコプターには、コンピュータによる自動制御のシステムもなかったので、「今の連中に比べたら、訓練も随分大変だった」そうです。「今も軍のヘリコプターの教官をしている友人によると、今のヘリコプター乗りは、自分専用のヘリをずっと使い続けるらしいが、俺には無理だ。同じヘリにばかり乗ってたら、退屈で死んじまうよ。そもそも、戦地ではいつも同じ型のヘリに乗れるとは限らないから、どんなヘリでも操縦できるようになっていないと、いざの時に役に立たんだろうに…。」

 

 「戦術や兵器も、ペンタゴンが思いついたものをすぐに実戦でやれと言われるからな。」例えば、ヘリコプターが編隊飛行する場合に、羽根が重なるくらいにお互いに接近して飛行すると、レーダーでは何機のヘリが飛行しているのか判断できなくなるそうで、「ドイツかどこかの戦術家が思いついたらしい」このアイデアを立証するために、夜間にエンジンのタービンからからわずかに漏れる炎の光を頼りに、この種の編隊飛行をやらされることになりました。夜間飛行では遠近感と平衡感覚が信頼できない状態となるため、計器を頼りに操縦する必要があり、単独飛行でも非常に危険だそうですが、7〜8機の編隊での超過密な飛行となると、どこかで接触が起きたら皆が巻き込まれて全滅ということもあり得るために、しばらくやってみたものの、このミッションは中止にしたそうです。

 

 当時の最新鋭兵器の無線操縦のミサイルも、開発されてすぐにヘリに実戦配備され、ただでさえ難しいヘリの操縦をしながら、高速のミサイルを右手でジョイ・スティックのようなものを使って目視で標的に当てるという至難の技を要求されたそうです。「最初は結構失敗したよ。でも1発50万ドルのミサイルを何発も無駄にするわけにもいかないからな…。今のミサイルは標的に向かって自動的に飛んで行くし、武器担当の搭乗員が一緒に飛んでくれるんだから、昔に比べたら楽だよな。」

 

 義父の所属していた第57強襲ヘリコプター部隊は、不可能なミッションを幾つもこなし、陸軍でも最も熟練したヘリコプター部隊として知られていたそうで、隊のモットーが “Try us” 「やれるもんなら、やってみろ」あるいは「俺たちを試してみろ」。こういう部隊だったから、無茶なミッションをあてがわれたのだと思いますが、隊員たちも、そういうチャレンジに」死地での生きがいを見出していたようです。もちろん、多くの搭乗員がミッションで命を落としたことはいうまでもありませんが…。

 

 ヘリコプターの椅子は、パイロットの命を守るために、下からの銃弾を通さない分厚い作りになっていたのですが、着弾によって命は落とすことはなくとも、椅子に当たった弾丸や椅子の破片が飛び散ってふくらはぎに刺さるそうです。戦闘中は夢中で気づかないそうですが、基地に戻ってみると足が血まみれということもあり、その場合には麻酔なしで磁石のような医療器具を直接傷にグリグリ押し当てて金属片を取り除く治療を受けることになります。

「麻酔なしで、大丈夫なんですか?」

「まあ、それまでにかなりビールも飲んでるからな。それでも、あれは痛かった。被弾することよりも、治療の方が辛かったな。」

 

 一緒に海軍の特殊部隊のテレビドラマを見ていた時には、CIAがアメリカ国内で部隊に指示を出しているシーンで、「CIAは国内でのオペレーションしかやらないことになっているから、出発前に国内で部隊に接触して指示を出すことは実際にはありえないよ。」とダメ出しもありました。CIA絡みのヤバいミッションをやってきたんだろうな…。そういえば、数年前に一緒に「ボーン・アイデンティティー」(マット・デモンが洗脳された兵士の役で出演している映画)を見たときも、「こういうことは、アメリカ政府は実際にやっているよ。政府がその気になれば、国民の知らないところで何でもできるからな。」と不気味なことも言っていました。

 

 このように、色々と軍隊での話をしてくれた義父ですが、凄惨な戦闘の話、敵を殺すことに関しての話は一切ありませんでした。義父にとって、ベトナムでの軍人としての経験が掛け替えのない人生の一部であり、そのことに誇りを持っていることは感じられましたが、それは、仲間と一緒に過酷なミッションをこなし、不可能を可能にして生き延びたことへの誇りと自信であり、敵を打ちのめしたり殺したりした強さを自慢するような奢りでは全くありませんでした。

 

 義父が、一人の戦友から当時の部隊の仲間宛に送られてきたクリスマスのメッセージを見せてくれましたが、そこにも同じような思いが汲み取れました。ミッションに向かって、生死をかけて仲間と一緒に不可能に挑戦した日々、そこで発揮された極限の能力、達成感、仲間との絆を懐かしむ内容でした。このミッションが、戦争という破壊的なものであったことは残念ですが、それは、その当時の社会情勢の結果であり、兵士たちには責任はありません。社会の期待に一生懸命答えようとするのは、健全な若者のあり方です。義父達も、徴兵によって社会から与えられた兵士という役割の中で、自分自身にチャレンジをしたにすぎないと思えるのです。

 

 戦場で生き延びた義父のような退役軍人が、その経験に誇りを抱くことを肯定すると、「戦争を賛美するのか!」と非難される方もいらっしゃると思いますが、それは的外れの非難です。若者が、社会から託されたミッション、たとえそれが戦争という最善とは言い難いミッションであったとしても、それを愚直に、真摯に全うしようとするのは健全なことであるし、それを通じて自分の極限に挑戦し、それを行ったことに社会の一員として誇りを感じることも自然です。彼らが罪悪感を抱く必要はありません。また、社会として、彼らに罪悪感を抱かせるようなプレッシャーを与えることは、あってはならないと思います。

 

 実際に、ベトナムから戻った軍人の多くが、社会から拒絶的な扱いを受け、心の傷を負ったまま、社会に適合できずに不遇な人生を送ったそうです。映画「ランボー」の一作目も、そういう時代背景が描かれています。義父も、今でも戦地の悪夢に悩まされていて、物音に対して過敏に反応してしまうこともあるのです。おそらく多くの退役軍人が、そのことに関して語ることはないとしても、それぞれに人道的な矛盾を抱えて生きているのだと思います。義父と接して、その部分に関しては、部外者は立ち入らないのが礼儀であると強く感じました。

 

 義父は、大学在学中に手違いで徴兵を受けました。すぐに徴兵取り消しを申請したのですが、「修正は可能だが、手続きにかかる数ヶ月間は徴兵拒否と見なされるから、その間は刑務所に収監された状態で待つことになる」と言い渡され、やむなく陸軍に入隊しました。まさに、国家の不当な命令によって戦地に行くことになったのです。そこで、子供の頃から飛行機に乗っていた経験から、ヘリコプターのパイロットを志願し、与えられた仕事であるパイロットとしての自分を磨き続けることの結果として、ブラック・オペレーションに参加する先鋭の軍人となり、その任務でおそらく多くの仲間を失い、また、多くの敵国民を殺傷することになりました。20歳そこそこの若者が、国家や国際社会の大きな流れの中で、義父のような選択することに、一体どのような罪があるというのでしょう。

 

 退役後は、トンネルを掘る会社の技術者として、冷戦時代のソ連や東ヨーロッパなども含む危険な地域にも長期間滞在し、地下数キロの深さでの炭鉱のトンネルやドーバー海峡のトンネル工事など、危険な現場で仕事をしてきました。東側の国では、機械の不具合があった時に、責任者として交換部品が届くまで監禁されたこともあり、シベリアでは、食料が足りなくて数ヶ月もキャベツだけを食べてしのいだこともあったとか…。おそらく、ベトナムで経験した危機に比べれば、屁でもなかったのでしょう。そこでも、仲間とミッションに向かって命がけで働くということに喜びを見出していたようです。

 

 ソ連や東ドイツで、敵国の退役軍人と一緒に仕事をすることもあり、お互いに軍人としての体験を共有していることで、深い友情が築かれたそうです。状況によっては戦線で銃を向けあった相手が、お互いを深く理解し合える一方で、国境越しに文明人として平和的なやりとりをしている連中が、お互いを理解できずに安全な場所から戦争を始めてしまうのは皮肉なものです。義父のような退役軍人が極限の死地で培った人としての経験力は、戦争が産み出した唯一のポジティブな産物なのかもしれません。

 

 日本では、戦争の話を家族から直接聞く機会はほとんどなくなりましたが、このフロリダ訪問では、戦争に関して、また戦線の兵士たちに関して、貴重な生の話を聞くことができ、色々と考えさせられました。戦争は悪い!その通りです。しかしその主張が、義父のような退役軍人の個人としての戦場での経験をも全否定するような形で表現されるのであれば、そこには思いやりと相手の立場への配慮が欠如しています。その配慮を欠いた主張こそが、まさに戦争を引き起こす原因となるエゴイズムの現れに他ならないと思います。

 

 義父は、数々の勲章を受けており、死後はアーリントン墓地への埋葬も認められていて、彼自身もそれを望んでいます。アーリントン墓地は、家族からしてみると、遠くてなかなかお墓参りにも行けない場所ですが、家族とは決して共有できない生死の狭間での経験を共有できる軍人たちが眠る場所で永眠したいという義父の想い…。それは大切にしたいと思っています。

 

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日本国憲法を考える(2) 「日本国憲法9条解釈の詭弁。真の平和国家になるには…」

前掲載分では、憲法前文についての感想を書いてみました。ここからは、9条を読んでみた感想を述べてみたいと思います。   第9条;

 『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』 

 

 

1.『正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。』

 

 このような国際平和は、心より希求します。

 

 ここで語られている「正義と秩序を基調とする国際平和」を、憲法前文の「恒久の平和」のことと理解し、「人類が目的達成のために暴力的/破壊的で非良心的な手段を用いるという意図すらも完全に放棄し、調和と協調により物質的にも精神的にも豊かな社会が実現された状態」を指すと解釈すると、それを希求し、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という論理の展開が可能になってきます。

 

 この憲法が書かれた時点では、このような平和は、望みさえすればすぐに実現されると考えられていたのかも知れません。しかし、75年が経った現在でも、世界各地で紛争が絶えることはなく、日本が謳歌している平和も「場合によっては目的達成のために暴力的/破壊的などの非良心的な手段を用いる意図と可能性は残っているものの、暴力的な解決に伴うダメージが多大であり、また相互の利害関係や武力が拮抗しているために、ひとまず調和と協調を選択している状態」という一時的な不安定な平和にすぎません。このような状況にあって、完全武装解除して丸腰になり、平和を希求しながら国民の安全と生存を保持することが可能なのか?

 

 もちろん、現実的にはそんなことは無理だと分かっているので、自衛隊という、世界でも有数の軍隊(軍隊ではないということになっていますが…)と世界最強のアメリカ軍が、その気になればいつでも戦える状態で日本に駐留し、虎視眈々と領土拡張を狙っている隣国を威嚇をしているわけです。

 

2.『前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』

 ここに至っては、どこをどう読んでも、自衛隊は憲法に真っ向から反してしまいます。ということで、「陸上自衛隊は、陸軍ではない。海上自衛隊は、海軍ではない。航空自衛隊は、空軍ではない。自衛官は、軍人ではない。国家には自衛権があるのだから、自衛専門の自衛隊は軍隊とは別物で、自衛のための戦闘は交戦ではない。ゆえに、自衛隊は合憲と解釈される。」というような詭弁が何十年も正当な憲法解釈としてまかり通ってきました。

 

 大量の新鋭ジェット戦闘機や最新鋭のイージス艦、世界でも最高性能を誇る戦車や潜水艦を保有し運用している組織が、本質的には軍隊以外の何物でもないことは明らかで、そのような組織を軍隊と呼ばないとしたら、軍隊と定義される組織など世界のどこにも存在できません。これほどに見え透いた詭弁が、国民に黙認されています。

 

 このような憲法の矛盾は、この憲法がアメリカの占領下で当時のアメリカの意向を反映して作られたもので、日本国民が自ら真摯に国のあり方を自問し、知恵を絞って作り出したものではないというところに、その大きな原因があると思います。また、自衛隊の創設に関しても、アメリカの朝鮮戦争における戦略的な都合で、「警察予備隊」などという苦し紛れの詭弁を弄して再編成した「日本軍」の存在が、憲法を改正することなくアメリカの東アジアでの影響力の展開に不可欠な要素として「自衛隊」として継続発展してしまったことで、憲法9条の理念と現状との乖離が異常なまでに大きくなり、ごまかしでは済ませられない状況になっているにもかかわらず、そのまま放置され、今日に至っています。

 

 個人的な意見としては、現行の日本国憲法のように、初期の成立過程と運用の歴史に多くの問題を抱えている憲法は、一度破棄をして、現代の日本人が真摯にこれからの国のあり方を考え、知恵を絞って、議論を重ねて自らの手で新しい日本国憲法を作るのが妥当だと思います。その過程を経た上で、やはり現行の日本国憲法こそが理想的であるする主張が大多数を占め、新しい憲法の内容が現行の日本国憲法と全く同じになったとしても、その手続きを踏むことは決して無駄ではないと思います。

 

 例えば、国民の総意として憲法9条の条文はそのまま維持するということになったならば、ようやく文字通りに9条を遵守し、自衛隊の解体、米軍の撤退、完全な武装解除の状態で平和国家の道を模索をすることができるようになるでしょう。逆に、現在の自衛隊の規模で軍隊を維持することが世界の現状からして妥当であるという意見が多数を占め、9条が廃止になった場合には、これまで苦しい詭弁ででっち上げた法律を使ってなんとなくコソコソと運用している自衛隊を、他国の軍隊と同じく国際法に則り、堂々と平和のために運用する道を模索し始めることができます。

 

 正直なところ、現状のように憲法の文言と実際の状況が火をみるより明らかに食い違っているのに、「これは憲法解釈の範囲内です」という詭弁が堂々とまかり通っていることが一番の問題だと感じます。9条を文面とは真逆に解釈できるとするなら、基本的人権に関しての条項も真逆に解釈して、言論統制などの形で国民の権利を著しく制限できる可能性もあるわけです。このように憲法を自由自在に解釈しても良いという前提で憲法を運用していることこそが、国民にとっての最も恐るべき危機だと感じられます。

 

 さらに、全ての法律の依拠する憲法において、白を黒と言えるような国家で、「公正」や「正義」「信義」などという徳を大切にできる国民が育まれる可能性があるのでしょうか?子供には「嘘をついちゃいかん!」としつけていながら、憲法のような大きなところで公然と嘘がまかり通っている。そんな社会で、子供達が公正、正義、信義を価値ある徳として真剣に追求するでしょうか?そんな大人の世界を見て育ったら、本音と建前、外の顔と内の顔を上手に使い分け、信念などにこだわらない「ご都合主義」で生きることこそが正しい道だと思ってしまうのではないでしょうか? 

 

 国際的な「恒久の平和」を口にしながら、自国内では、いろんな勢力が利権をめぐっていがみ合いが起こり、親子や兄弟の間で金銭を巡って血で血を洗う争いになることも珍しいことではなく、スポーツだけではなく芸術という文化活動においても競争によって相手に勝つことが奨励され、学問においても限られた研究者のポストや研究費獲得のために激しい競争があり、子供は受験戦争に、学生は就職戦線に、政治家は選挙戦に従軍し、ビジネスにおいても市場を奪い合う競争のなかで少しでもライバルから先んじることに血道を上げ、論客たちも思想の異なる相手にはラベル貼りをして貶めあう……。同じ日本国民として一つの共同体の中で生活をしている同朋の間ですら、これほどの分断と軋轢、競争があり、お互いに傷つけあうことが当たり前になっている状況にあって、文化の全く異なる外国との間において恒久的な世界平和が実現されるとは考えらません。

 

 「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚」し「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」するからには、並々ならぬ信念を永きにわたって貫くことが必要です。白を黒と言いくるめてしまうようなご都合主義では、到底実現できるものではありません。まずは我が身を正し、信念を貫く意思を持つことが必要です。

 

 本当に「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」のであれば、とてつもない覚悟が必要です。もし、武力によって他国を蹂躙し、他国民の生存を脅かすことを全く躊躇しない国家が日本に侵略してきた場合、彼らが無抵抗を貫く崇高な日本人を非人道的に扱っていることの卑しさを自戒し、良心に目覚め、その態度を悔い改めるか、あるいは、そのような日本人の姿に心打たれて自らの命をかけて日本人を救おうとしてくれる国家や組織が現れてくるまで、自分の愛するものの生命、人間としての誇り、守り伝えてきた文化など、大切にしているものを失い続けることに耐えなくてはなりません。そのような覚悟があれば、非武装による平和を目指す理念に偽善の入り込む余地はないと考えます。しかし、その覚悟をしないで、圧倒的なアメリカの軍事力に守られている安全な日本の中で、口先だけで「武器のない平和な世界を!」と叫んでみたところで、本当の平和の実現に近づくことができるとは思えないのです。

 

 理念を掲げるのであれば、それに向かって徹底的に努力する。これは、個人としては当たり前のことです。国家の理念である憲法においても、国民の共通の目的として、そのような国家になろうとする意識を共有することは大切だと思います。現状のように、書かれていることとは全く異なるように解釈できるような憲法である限り、日本国憲法は国民に共通した理念の土台とはなり得ません。このまま、現行の憲法を文字通り守るでもなく守らないでもなく、うやむやに維持し続けることの意義はどこにあるのでしょうか?

 

 文章で国のあり方を規定化することが、個人の思想の自由や言動の自由を妨げるという危惧や、成文憲法律が国民の足かせになるという意見が多数を占めるのであれば、イギリスのように成文憲法を持たないという選択肢もあります。現行憲法の改正、継続、成文憲法の廃止、いずれの選択にいたるとしても、一度国民全体で憲法について考える時期に来ていると思います。

 

 とは言いながらも、憲法に関しての意見を構築することは、一般人には決して簡単なタスクではありません。実際、この程度の考察をするためにも、膨大な時間と労力を使っています。もし、絶対的に信頼できる政治家や行政専門家が国家を理想的な状態に維持してくれて、国民は、憲法などという面倒臭いことを考える必要もなく、日々の生活と身の回りの出来事のことだけに集中して生きるられるのであれば、それに越したことはありません。しかし、日本は現在、国民主権の民主主義を採用し、代議士の選出を一般国民の手に委ねているわけですから、お上にお任せというわけにはいきません。安倍政権は発足当時から憲法改正を政治目標として掲げていますし、そもそも自由民主党は結党時から自主憲法制定を党是としているのですから、近い将来に国会で憲法改正案が発議される可能性はあります。その時に「政府が国民を置き去りにして改憲の議論を進めるのか!」と文句を言わなくてもすむように、主権者の義務として、少しずつ憲法について勉強をして自分なりの理解を深めておくことが必要ではないでしょうか。

 

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日本国憲法を考える(1) 「日本国憲法前文の理想と現実」

(戦争について考える機会の多い8月。ブログにて、戦争に関する投稿をシリーズで挙げています。)

 

 日本において戦争と平和に関しての議論が行われると、必ず日本国憲法第9条について激しい意見の対立が起こります。9条を改正すべきという主張をしたら右翼、9条こそが日本の平和の拠り所になっていると主張したら左翼という具合に、9条へに対する意見によって極端なイデオロギーのレッテル貼りをされかねない議題で、この投稿で友人を失いかねないという危険すらあります。しかし、憲法改正の論議が高まる中で、一国民として憲法全文を読んでみての感想を整理してみたいと思います。ここでの感想とは全く異なる見解の方がより一般的かもしれませんが、そうやって異なる見解を持ち、お互いの意見を表明し、いろんな考えをテーブルに出した上で、総合的に物事を判断できることこそが自由民主主義の大切なところだと思います。もし日本国憲法を読んだことのない方は、これを機会に自ら読んでみて、自分なりの考察を深めていただくきっかけにしていただければ幸いです。

 

 全文を読んでみた上で、やはり普段からよく議論の的となる前文と第9条に関して考察をしてみたいと思います。

 

前文より;

 『日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。』

 

1:『日本国民は、恒久の平和を念願し』

 恒久の平和とは何か……?これだけで数冊の本が書けるほどの題材ですが、これまで何万回と「平和」という言葉を口にしながら、実のところ「平和」の定義を真剣に考えてことがなかったことに気づき、猛烈に反省をいたしました。これまでにも専門家によっていろんな平和の定義がすでに蓄積されていることとは思いますが、ここではあえて自分の頭で考え、人類として達成できる平和には、大雑把に3つのステージがあると定義してみました。

 

1)人類が、目的達成のために暴力的/破壊的な手段を用いる意図すらも完全に放棄し、調和と協調により、物質的にも精神的にも豊かな社会が実現された状態。

2)人類が、目的達成のために暴力的/破壊的な手段を用いるという意図は完全に滅却できていないが、それを実行に移すことに関しては意志的に制御力を働かせることができるため、社会から暴力がなくなり、調和と協調を基調とした発展が可能になっている状態。

3)人類に、目的達成のために暴力的/破壊的な手段を用いる意図もそれを実行する可能性もあるものの、ある時点において、暴力的な解決に伴うダメージが双方に多大であり、また相互に利害関係や武力が拮抗しているために、ひとまず調和と協調を選択している状態。 

 

 もちろん、1)が「恒久の平和」の呼び名にふさわしい、人類として念願し、いつかは実現したい平和であります。2)の平和は、個人的な人間関係のレベルでは部分的に達成されている場合もありますが、現時点で社会や国家という大きな集合体として人類が手にできる最高の平和は、3)の範疇を超えているとは思われません。

 

 また、一介の庶民としての感覚としては、「生活状況が安定していて、毎日が、それなりに予想可能な範囲内で推移している状態」を漠然と「平和」と感じています。ですから、一般庶民にとっては、近くで戦争が起きていなくて、生産や流通が安定的に機能している社会が「平和」という感覚を与えてくれるように思います。その意味では、日本やアメリカは「平和」なところと言えます。

 

 しかし、その平和な日本社会を少し注意深く見てみると、受験戦争、選挙戦、論戦、論争、年末商戦、顧客争奪戦、就職戦線、出世競争など、様々なイベントの名前に「戦」と「争」の文字があふれかえり、日本の社会が競争原理に立脚していると考えざるをえません。競争原理が必ずしも悪であるとは思いませんが、競争の結果、負け組と勝ち組の間に社会的待遇と物質的な豊かさにおいて歴然とした格差が現れてしまうような社会において、「恒久の平和」へと繋がるような協調と調和に向かう人間的特性が、はたして育まれ得るかどうか…。疑問を感じざるを得ません。

 

 また、平和な日本においてすら、犯罪を抑止するためには法律と司法、警察が不可欠で、物品や情報がいつ誰かに盗まれるかもしれないことを想定し、家屋の出入り口のみならず、バーチャル空間においても鍵をかけなくてはならない状況ですから、基本的には「他人を信用しない」ことが社会において当たり前の前提となっています。ヤクザに代表される裏の世界が公然の秘密として存在し、部落差別という不可思議な同人種間での差別があり、思想信条の異なる国民同士の間で口汚い罵り合いや誹謗中傷、場合によっては暴力による衝突も起きる状態にあって、日本人が国民全体として世界平和への共通の目的意識をもつことなど可能なのでしょうか?現状の日本は、幾つものグループが敵対し、お互いに利害や勢力を競争により奪い合っている状況があると言えます。自国の中で、このような分裂があることを当然のこととして放置しておきながら、一方で国際社会での恒久的平和を語る。これは、公正な自己認識の欠如、あるいは偽善ではないでしょうか。

 

 このように、比較的平和とみなされている日本においてすら、恒久の平和を保証するためには不可欠である「目的達成のために暴力的/破壊的で非良心的な手段を用いる意図すらも完全に放棄されている」ということが自国民同士の間で実現されていない以上、多様な文化背景を持つ国家の付き合いからなる国際社会においても、「恒久的な平和」からかけ離れた状態であることは疑いようのないことだと思います。

 

 「恒久的な平和」がまだまだ実現には程遠いので、いずれ達成したい目標ということで「念願し」という表現になっている点は評価できます。しかし、目標を掲げたにもかかわらず、それにふさわしい努力も進歩もないというのであれば、それは偽善に外なりません。この条文があるということで「日本は平和国家だ!」とドヤ顏をするならば、中身は空っぽの平和国家であることに満足し、真の平和国家となる努力を怠っていることを正当化することにもつながります。

 

2:『人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって』

 「人間相互の関係を支配する崇高な理想」とは、なんでしょう?他の動物には類を見ない人類の高度な「社会性」こそが種の存続/繁栄のカギであるとすると、協調、恊働、互譲、愛などを「人間相互の関係を支配する崇高な理想」と考えることができます。(理想というよりは、「理念」と言ったほうがしっくりくるような気がしなくもないのですが、もともとアメリカ人が作った草案から起こした憲法なので、言葉にぎこちなさがあるのはいたしかたないことなのかもしれません…。)これらを「深く自覚する」ことは、とても大切なことであります。しかし、現代の日本において、このような理念を深く自覚して、それぞれの国民が協調、恊働、互譲、愛などを日々の生活の規範として生きているかどうかというと、それは大いに疑問です。政治家や官僚ですら、このことを強く自覚して働いておられる方はさほど多くはないとおもわれます。日本においてもこのような有様であるからには、独裁国家や資本主義拝金主義の諸外国においては、このような理想を自覚するなどということは夢にも思わないことでしょう。

 

3:『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。』 

 「信義に」となっていますが、日本語としては「信義を」の方が妥当だと思います。それはさておき、憲法が書かれた時代背景から考えて、ここにある「平和を愛する諸国民」とは、主に当時の連合国に属する国で、現在の国連常任理事国であるアメリカ、イギリス、中華民国(現中華人民共和国)、ソビエト連邦(現ロシア)、フランスを指すと思われます。後半で考察する九条には武力放棄が名言されていますから、丸腰でこれらの国を信頼するという前提で書かれていることも明らかです。しかし、これらの国を「われらの安全と生存を保持」する拠り所として信頼できる「平和を愛する公正と信義の国」と呼ぶことができるかどうか?現在の国際情勢を概観するだけでも、これらの国がそのような呼び名にふさわしくないことは明らかです。安全だけならまだしも「生存」をかけて、つまり命がけでこれらの諸外国を信頼することができるのか?個人の意見としては、断固NOです。もちろん、外国に敵対しない道を選び、友好関係を築くための最大限の努力はすべきです。在米日本人として、日々の暮らしの中で個人のレベルでの人種や文化を超えた本質的な信頼関係の構築のために努力しているという自負もあります。そのアメリカに対してさえも、無防備に安全と生存をかけて相手を信頼することは、あまりにも暗愚な選択だと思います。

 

 仮に、ここにある諸国民を諸手を上げて信頼できるとしても、やはり、ここで論ぜられているような、自らの安全と生存を「他人任せ」にするような態度には違和感を覚えます。生物の基本的なあり方として、自己責任で個人の安全と生存の多くの部分を担保することは当然でありますから、国家においても、安全と生存という部分においては、かなりの範囲で自立すべきだと思います。各自が自分の足で立ってこそ、お互いを助け合うことができるのではないでしょうか。

 

 日本人が外国に「公正」と「信義」を期待するのであれば、まずは、それが日本国に見出されなくてはお話になりません。そのためには、日本国民一人一人が自分自身の中に「公正」と「信義」という徳を磨き、それを導き手として自分自身の安全と生存を確保できるようなる必要があります。個人のレベルで公正と信義が獲得されていれば、それが家族、仲間、地域、国民全体と広がり、徐々に大きなスケールの社会で共鳴し、最終的には日本国として、真の「公正」と「信義」を国際社会に広めてゆくことにつながるのではないでしょうか。もし、日本がこのようなリーダーシップを発揮できるのであれば、真の平和国家と呼ばれるにふさわしい国になると思います。しかし、今の日本国に、そのような公正と信義と呼ぶにふさわしい徳は備わっているのでしょうか?そのような徳を目指すことを奨励する空気があるでしょうか?

 

4:『われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において名誉ある地位を占めたいと思ふ。』

 ここでいう「国際社会」も、国連常任理事国を中心とする国家群のことだと思われますが、戦後75年、アメリカやロシア、中国が自国の利益のために、どれだけの紛争に介入し、どれだけの戦争を煽ってきたことか。世界に豊かさと秩序もたらすという独り善がりの崇高な目的のために、どれだけ地域の特性や民族の特性を無視した「圧迫」と「偏狭」を行ってきたかことか。また、国益のために外国の独裁者とも取引をし、そこでの「専制」と「隷従」の片棒も担いでこなかったのか…。彼らが「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている」ということが真っ赤な嘘だということは、すでに明らかではないでしょうか?

 

 ここで描かれているような国際社会のイメージは、仮に第二次世界大戦直後の国際社会で共有された理念であったとしても、現時点ではもはや絵空事でしかありません。このような国際社会は現時点では存在していない以上、日本国民が本当にそれを望んでいるのであれば、個人としても国家としても積極的に努力を重ねて、自らの手で築いていかなくてはならないものです。その意味では、すでに存在する国際社会で「名誉ある地位を占めたいと思う」ような性質のものではありません。もちろん、そういう国際社会の構築のために貢献すれば、自動的に「名誉ある地を占める」ことになるとは思いますが、とりたててその地位を占めることを望んで理想的な国際社会の構築に尽力するわけではありません。「名誉ある地位を占めたいと思ふ」という表現には、すでに存在しているすばらしい国際社会(そんなものは存在しないのですが)に認めていただきたいという卑屈な姿勢が隠喩されているとも感じられます。

 

 ここまで考察を進めてみると、日本国憲法公布以来、日本人は本当に真剣に前文に掲げられているような理念の実現に向けて努力をしてきたのだろうか、と疑問を感じざるを得ません。

 

5:『われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。』

 「権利を有することを確認する」ことに依存はありませんが、皆が権利ばかりを主張し、国際社会でのしかるべき責任と義務を果たさないのであれば、闘争や紛争にもつながりますから、真の平和憲法を目指すのであれば、その権利に伴う責任と義務の遂行の重要性や、自他共栄を損ねることなく権利を自由に行使するために培われるべき人間としての徳についても触れるべきだと感じます。

 

(後半につづく)

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戦争回避のためにやれることはあるのか?(後半)

戦争回避のためにやれることはあるのか?(後半)

(終戦の日を迎える8月。戦争に関する文章をシリーズで掲載しています。)

 

 ほとんどの国民が、自国が戦争に参加することを、馬鹿げたこと、不毛なこと、非人間的なこと、どんなことをしてでも避けるべきこと、と感じるにも関わらず、国家は時として戦争へと道を進んでしまうのはなぜでしょう?

 

 一般庶民としては、「バカな政治家や官僚、利己的で欲深い金持ちのせいで、自分達のような善良な庶民までも戦争に巻き込まれてしまう」という犠牲者意識を持ってしまうのですが、独裁制、民主主義、共産主義、社会主義、王制など、どのような体制の国家においても、戦争へと進んでしまった事例があることを考えると、戦争の責任を、単に国家体制、時の指導者や富裕層にのみあると考えることは、間違いだと思われます。

 

 プラトンの国家論は、「国家の性質というものは、それを構成する国民の性質を反映する」という前提で展開されています。国家は、それを構成する一人一人の国民があってこそ成り立つもので、人体が一つ一つの細胞があってはじめて成り立っているのと同じ状況です。細胞一つ一つに共有されている遺伝情報が、人体/人間としての性質を規定しているのと同様に、国家のあり方も、一人一人の構成員のあり方が反映された結果であるとする見方は、論理的にも納得できる見解です。特に、国民すべてに平等な権利と義務が与えられ、個人の消費行動が経済活動の方向性を大きく左右する資本主義と、国家の指導者を選挙によって選出する民主主義を併用している日本のような国家においては、一人一人の国民のあり方が、かなり明確に国家のあり方に反映される仕組みが備わっていると考えられます。

 

 国家間において、もし、お互いの良心を信頼することができれば、武力で威嚇しあって争いを抑止する必要もないのですが、それは容易なことではありません。一個人としての自分自信を省みれば、他人はもちろんのこと、場合によっては肉親、配偶者にたいしても、心の底から全面的に信頼することが出来ていないことに気づきます。他者の気に喰わない態度や言動には、しょっちゅう不快感を抱きます。いちいち面と向かって悪態をついたり拳を振るったりすることはないとしても、機会があったらどこかで愚痴をこぼしたり陰口を叩いてしまいます。「人類皆兄弟」と言いながらも、もしかしたら泥棒の被害に遭うかもしれないという不信感や恐怖感を払拭できず、家や車にカギをかけ、ネットでのセキュリティーを厳重にし、警察という犯罪取り締まりと抑止のための組織を頼りに思ってしまいます。地球環境の問題や人類のあり方についていろいろと考え、現状に憤慨しながらも、見ず知らずの人の豊かさよりも、自分と直接関わりのある人の豊かさを優先したいという傾向にはあらがえず、私財をなげうってまで全人類のために尽くそうとは考えられません。衣食住に困らない程度の豊かさでは満足できず、もっといろんな経験をしたり、いろんな物品を所有したいという欲求は頭をもたげ、なかなかに「足ることを知る」には至りません。「競争により進歩が生まれる」というスローガンのもとに、政治、農林水産業、生産業、商業はもちろんのこと、学問や芸術、医療の世界においてさえも競争が繰り広げられ、そこで成功するためのあらゆる「戦略」が編み出されている中で、生活に必要な糧を得るために、生き残りをかけて奮闘しています。

 

 これが、戦時ではない平常時の、ごく一般的な庶民、古佐小基史の「平和な日常」の内的状態です。

 

 こうやって書き出してみると、自分のことながら恐ろしくなるほどに、平安とは対局的なる内的な状態です。もし多くの皆さんの内的状態も、これに近似した状態にあるとしたら、平時においても不信感、恐れ、貪欲さ、利己心、競争心を常に発動して生活している個人の集合体として、国家が存立していることになります。そのような国家が、他国への不信感と恐れ、自国の利害を中心にする利己主義、政治経済において他国より優位に立とうとする競争原理をベースに運営されることは、むしろ当然のことです。そういった国家がびっしりと隣り合って並んでいる世界において、国家間でお互いに疑心暗鬼となり、軍拡競争や軍事衝突が起きても、全く不思議ではありません。

 

 このように考察してみると、結局のところ、戦争の根本原因は、外ではなく自分自身の内にあるのではないかと思えてきます。

 

 自国の政治や社会の仕組みを変え、軍事力や経済力を背景に外国の独裁者の言動を変えることに一生懸命に取り組み、一時的に外面的な平和を獲得することができたとしても、結局、一人一人の国民の内面で平安が得られていないとしたら、また同じ歴史の繰り返しになってしまうでしょう。

 

 では個人としては何ができるのか?自分なりに世界情勢を学び、平和への信念を持ってデモや言論などの啓発活動によって平和を訴えることもできますが、そのような活動が「闘争」の姿勢を帯びてくると、それで何か得た場合でも、それを闘争によって守り抜くという「平和のための闘争」という自己矛盾を生み、仮に社会の仕組みを変え、指導者を一掃することに成功しても、結果としては平和は達成されません。おそらく、人類が様々な政治形態、統治システムを変遷してきたにもかかわらず、戦争を放棄できない一つの理由は、平和のための闘争という自己矛盾をはらんだ手段での変革によって平和を得ようとしてきたからなのかもしれません。

 

 しかし、自分自身の中に見出される不信感、恐れ、貪欲さ、利己心、競争心を離れ、自己の内面の平安と隣人との関係においての平和を実現しようとする努力は、その気になれば、だれでも、いつでも、どこでも行うことができます。このような小さな個人的な内的努力が、ほんとうに、人類全体のあり方を変え、戦争という大きな外的な事象に何らかの影響を与えることができるのか?正直なところ、それを証明する術は知りません。しかし、内的な平安を獲得することが個人の幸福に寄与することは間違いありませんし、一人の心が平安に近づくことは、ほんのちょこっとではありますが、その分だけ確実に世界に平和を増やすことに他なりません。実は、それこそが、個人として責任を持って行える真の平和活動なのかもしれません。

 

 

 

 

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戦争回避のためにやれることはあるのか?(前半)

戦争回避のためにやれることはあるのか?(前半)

(終戦の日を迎える8月。戦争に関する文章をシリーズで掲載しています。)

 

 北朝鮮情勢、米中対立、中国の国境で起こる領有権をめぐる問題など、世界各地で戦争に繋がってもおかしくない緊張が続いています。

 

 それにしても、戦争とは一体なんなのでしょう?

 

 ほとんどの人類が戦争を望んでいないにも関わらず、有史以来、人類はこれまで戦争を続けてきました。そして、文明が進歩(?)するに従い、武器の威力は強化され、戦争の規模は拡大し、ついには人類を含む地上の生命体の多くを絶滅させてしまうほどの大量の武器を抱え込み、引き金に指をかけて睨み合っているという状態になってしまいました。

 

 戦争は、殺戮、暴力、資源の膨大な浪費、文化の破壊など、非人道的で野蛮な行為であるために、議論の余地もなく「戦争はダメだ!どんな理由でも戦争は絶対にいけない!」のひとことで片付けられてしまいます。そのため、戦争が起こるプロセスや根っこの原因について冷静に考える機会は、案外と少ないと感じます。

 

 敗戦後の日本では特に、戦争のことを冷静に話すことは難しかったと思います。自分が生まれ育った昭和40年代以降においても、日本が当事者として戦争に巻き込まれる可能性を想定した具体的な国防の議論をすると、右翼と言われかねない空気がありました。

 

 しかし、実際に国際情勢が切迫している今、戦争を感情論で拒絶し、頭から布団をかぶって見て見ぬ振りをできる状況ではなくなっています。一人一人が主権者として国家のあり方に責任を負っている民主主義においては、現在の世界情勢の中で当事者として戦争に巻き込まれる可能性を認識し、それを避ける手段、巻き込まれた時にどのように対処するかなどを、冷静に考えてみることも大切だと思います。

 

 とは言いながらも、戦争に関しては全くの未経験者で、これまでに体系的に研究をしたこともありませんので、ここでは特殊な専門知識や理論からではなく、ファームでの日常の生活の中で経験された気づきをもとに、戦争への考察を始めたいと思います。

 

 ファームを始めて以来、野生動物から家畜を守るため、彼らとのせめぎ合いは続いています。まずは柵を作り、「そこからこちら側には入って欲しくない」というこちらの意志を明確にした上で、柵を越えるのを決定的ためらわせることを期待して電気柵のラインを敷設します。これだけの備えをしても、野生動物たちは生存のために必死で食べ物を狙ってやって来ますから、最初の1年半のあいだにヤギを1頭、ニワトリを5−6羽失いました。この経験から、「柵のこちら側には入ってくれるな」というこちらの切なる願いは、野生動物には聞き入れてもらえないことを理解しましたから、こちらでも積極的な攻撃力を持つ番犬を飼い、彼らが柵に近づくことすらも抑止することにしました。こうなると、場合によってはこちらの犬が野生動物に危害を加えるような状況になることもやむなし、という覚悟が必要です。

 

 法的には、敷地内で家畜や作物を荒らす野生動物は、銃で撃って殺しても良いことになっていますが、さすがにそんなことはしたくないので、番犬を飼って抑止力とするわけです。もし、こちらの番犬が怪我をしたり、殺されたりするという状況になれば、さらに攻撃力の大きな番犬、堅固な柵の設置という具合に、家畜を守るための備えはどんどんと強力なものになっていきます。もし、群れで家畜を襲うコヨーテ、1頭での甚大な被害となり得るピューマやクマなどの動物の数が増え、どうやってもこちらの守りを破って襲ってくるということになれば、こちらから銃を用いて積極的に相手を狩りたてるということになり、命の失われる戦いへとエスカレートする可能性は大きくなります。

 

 これは、古佐小ファームと野生動物の間のせめぎ合いのストーリーですが、国家間のせめぎ合いでも、これと同じような構図があることに気づきます。

 

 公の見解として国境という柵を設置し、お互いが「こちらの領域に勝手に入って、ものを持っていったり使ったりしないで来れ」というメッセージを確認します。それでも、相手がそれを破って入ってくるかもしれないという不信感はなくならないので、許可なく入って来た相手を撃退出来る防衛力を備えます。もし相手の攻撃力が自分の防衛力を上回ると判断される場合には、さらに防衛力を強化することになります。しかし、こちらでは防衛力のつもりでも、相手からすると攻撃力と見なされるので、こちらが軍事力を強化すれば、相手も強化するということで、果てしな異軍拡競争の悪循環へと陥り、やがて膨らみすぎた軍事力は、それが守るべき国家や国民の生活と財政をも圧迫し始めます。

 

 そうなると、お互いにこのような軍拡競争が続けることは不毛であることが認識され、交渉を通じてフェアな軍縮を目指す努力が始められるのですが、「もし条約によって同じ程度に軍縮をすることになったとしても、本当に相手はそれを守って軍縮するだろうか?」「もしかして、こちらが正直に軍縮している一方で、しっかりと軍備を保持し、時期をみはからって、こちらの領土を奪いにやってくるのではないだろうか?」というような不信感はなくならず、結局のところ軍拡競争は止りません。たいていの場合は、不幸にも戦争となり、その多大な犠牲と虚しさを経験することで、戦後しばらくは、軍事力を背景にした国家間のせめぎ合いから遠ざかろうという方向性が維持されますが、世代が変わると、また元の木阿弥。時代とともに武器の破壊力はさらに強力になり、国家が養うべき国民の数と必要とする物資の量も桁違いに大きくなり、国家間の利害がぶつかる要因も増加し、そうやって、戦争の脅威は亡くなるどころか、ますます増大してゆきます。

 

 ファームでの野生動物相手のせめぎ合いでは、相手の攻撃力がある一定レベルを上回ることはありませんので、ある時点で攻守のバランスに達し、お互いに争うこともなく平穏な状況に至るのですが、人間同士の場合、野生動物の殺傷力のレベルからすると天文学的に桁の違う殺傷力を持つ強力な武器を持ち、それをさらに進化させ続けることができるために、軍拡によるせめぎ合いは、果てしなく続けられてしまいます。そして、仮にどちらかの国家が理性的に振舞っていたとしても、他方の国家が侵略を始めたら、自衛のために武力衝突ということになり、お互いに「国家を発展させる」「国家を守る」という正義を掲げて殺し合いをすることになります。

 

 このように考察してみると、不信感を抱いたまま、軍拡競争を続けながらお互いに銃口を向け合って戦いを抑止するという、現代的な平和維持のあり方は、壊滅的な戦争へと発展する可能性と常に紙一重の状態であると思われます。これが、現時点で人類が採りうる最良の戦争回避の方法だとしたら、残念です。社会動物としての人類は、まだまだ進化の発展途上ということなのかもしれません。

 

 (後半につづく…)

 

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退役軍人の義父から聞いた話

(終戦の日を迎える8月。戦争に関する文章をシリーズで掲載しています。)

 かつての敵国、アメリカに暮らして23年。アメリカ人の妻の家族や親戚、友人、隣人、音楽仲間やクライアント、ファンの皆さんなどの中には、大東亜戦争で日本と戦った軍人の家族、退役軍人、在日米軍に従軍していた軍人とその家族なども少なからずおりますが、彼らとの間で75年前に終わった戦争のことがしこりとなって現在の信頼関係が悪影響を受けるという経験をしたことはありません。むしろ、カリフォルニアで出会うアメリカ人のほとんどは、日本文化と日本人に対する尊敬や好印象をもってくれているようです。

 昭和46年生まれの世代は、いわゆる自虐史観を教育されていて、周囲の大人たちやメディアからもそれを強化する方向での影響を受けて育ちましたから、アメリカに移住した初期には外人コンプレックスを持っていて、アメリカで日本人が頑張ると嫌がられるか、たとえ評価されても「日本人のくせに、なかなかやるじゃないか」と言われるものだと思っていました。しかし実際には、様々な人種の中でも日本人は勤勉で特に能力が高いと思われているようで、2007年にオーケストラのオーディションに合格した時には、ハープを独学で習得したという経歴を知っていたオーケストラの人事担当者から、「さすが日本人だなあ」と言われ、驚いたと同時に嬉しく思ったのを覚えています。

 演奏の仕事先で出会った元アメリカ海軍兵の老人から、日本の帝国海軍と戦った経験と、その時に感じた日本軍の規律と勇敢さについて聞かされた時には、子供の頃叩き込まれた「旧日本軍は無能で野蛮だった」というイメージとかけ離れていたので、非常に驚きました。実際に戦場で戦った退役軍人の皆さんは、戦友に対してだけでなく、同じ立場で同じ場所に同じ状況で居合わせた敵兵に対しても、尊敬と親近感を感じるものなのかもしれません。まさに、” the brave respects the brave.”  厳しい経験を生き抜いた兵士同士、たとえ敵であっても、同じ苦しみを経験した仲間として暗黙の了解のもとにお互いを尊重する。そんな無言の友情のようです。

 義父は、ベトナム戦争時に大学在学中であったにもかかわらず、政府の手続き上のミスで徴兵を受け、それを拒否すると手続きの修正が行われている数ヶ月間は兵役拒否者として刑務所に収監されるという無茶苦茶な選択を強いられて、やむなく学業を中断して入隊しました。子供の頃から飛行機を操縦していたという経験を生かし、当時最新兵器だったヘリコプターのパイロットとして陸軍航空隊で訓練を受け、ベトナムに送られました。従軍中は、現在も伝説として語り継がれている精鋭攻撃ヘリコプター部隊に所属し、特殊な任務や実験的なミッションに関わり、何度もヘリを撃墜されながらも生き延びました。ベトナムから帰還後もしばらくはアメリカ国内で軍のパイロットとして努め、退役後はトンネルを掘る大型重機の会社の技術者として、ドーバー海峡トンネルの工事をはじめ、ヨーロッパ各国、旧ソビエト、日本など、世界の様々な現場で仕事をしてきました。

 数年前に、オハイオに義父を訪ねた時、朝から夜までビール、スコッチ、ブランデーなどを飲みながら語り合う状況になりました。その時は、実の娘である妻ですら全く聞いたことのないベトナム従軍時代の話、トンネルの技術者として訪れたいろんな国々の話などをたくさん聞かされたましたが、冷静時代のソビエトでトンネル工事を請け負ったときのストーリーは、特に印象に残っています。

 義父は、当時技術系の責任者としてモスクワの高級なホテルに宿泊していましたが、自由勝手に出歩くことは禁じられていて、KGBの見張りいつもそばに張り付いていました。詳細はよく覚えていませんが、現場の重機に何か不具合が生じて、代わりのパーツが届いて無事に修理が完了するまで、責任者として人質にされて軟禁状態にあったというような事情だったようです。

 そんな中、ちょっとした隙にKGBの監視の目を逃れ、ホテルの中を散策していたところ、軍服を着た退役軍人らしき集団が皆で大酒をかっくらって盛り上がっているところに出くわしました。

 義父は、世界各国の土木現場のあらくれ連中との酒の飲み比べでは、一度も負けたことはないと豪語するほどの酒豪ですから、なに食わぬ顔をしてパーティーに紛れ込んでタダ酒を飲んでいたそうです。もともとロシア系〜ポーランド系の移民の血筋で、見た目もレーニンによく似ていますから、ロシアで人混みに紛れてしまうと、いかなKGBといえどもなかなか彼を見つけられることができなかったようです。しばらくそうやってパーティーに溶け込んで静かに飲んでいるうちに、酔っ払った退役軍人から、「おー、お前レーニンにそっくりじゃないか!一緒に記念写真を撮ろう!」などと言われて調子に乗って写真などを撮って盛り上がっているうちに、「ところで、お前誰?」ということになったそうです。

 この状況には、神経の図太い義父もさすがに「やばいかな」と思ったそうですが、袋叩きされることを覚悟で、正直に「俺は仕事でモスクワに来てこのホテルに泊まっているアメリカ人だ。」と答えたところ、やはり一瞬でその場の空気が固ったそうです。でも、すぐに誰かから「お前も退役軍人か。」と尋ねられ、「そうだ。ベトナムに従軍していた。」と答えたところ、「なんだ、じゃあ仲間じゃないか。一緒に飲もう!」ということになって、そのまま肩を組んでロシアの軍歌などを一緒に歌いながら、仲良く飲んでいるうちにKGBに発見されて、部屋に連れ戻されたそうです。KGBも、まさかソビエトの退役軍人のパーティーに、アメリカの退役軍人が紛れ込んでいるとは思いもよらなかったでしょう。

 義父と退役ロシア兵のように、命がけでギリギリのところで生き延びた人間同士には、憎しみや恨みを超越して与えられたお互いの運命を認め合って共感しあう人類愛のようなものをが芽生えるのかもしれません。このような感情を、戦争経験者にしか理解できない特別な感情とは考えたくありません。本来は、戦場などという死地を経験しなくとも、普通の日常生活の中でこのような人類愛に目覚ることができると信じたい。そうしないと、周期的に戦争と平和を繰り返すという、これまで人類が繰り返してきたパターンを打ち破ることはできません。日米関係のように、一度殺し合いをした上で友情を築くというような遠回りをすることなく、世界の様々な人々との間に、義父と退役ソビエト軍人の間に通い合ったような立場を超えた友情が築かれることを祈念しています。

 

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今日8月2日はハープの日。夜9時からYouTubeプレミアにてオンライン・コンサートします!

本日日本時間の21時より、YouTubeプレミア・コンサート。録画したコンサート・プログラムを期間限定で公開します。
古佐小も、カリフォルニアの朝5時からライブチャットにて参加します。今回は、前回よりも1曲ふやした45分ほどのプログラムを、ライブと同じ緊張感で修正/編集なしでお届けします。お楽しみに!

 

 

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人生50年の終活

 数年前、自分と同年代の知り合いのご夫婦が、悲惨な銃撃事件で亡くなりました。

 ご家族からお葬式でのハープ演奏を頼まれ、その帰り道に、妻から「あなた、自分のお葬式では、どんなことを話してもらいたい?」と尋ねられ、とっさに「話はなくていいから、みんなをファームに招待して、そこでパーティーしてもらいたい。」と答えました。理想の環境を目指して自らの手で開拓している自宅ファームで時間を過ごしてもらえれば、自分がどのような人間であったのか、何を目指して生きていたのかは自ずと明らかになると思えたからです。しかし、よく考えてみると、みなさんにファームに来ていただくために、自分が死んでいる必要はなくて、生きている古佐小がみなさんを招待し、料理を振る舞い、生演奏を提供して、一緒に楽しんでも良いわけです。
 
 この何気ない妻との会話をきっかけに、ファーム体験や宿泊など、ファームでのイベントを提供できる環境整備のために、一層の時間と労力を投資してきました。今年は数え年で50歳。いつ死んでもおかしくない区切りの年齢になり、音楽家としても悔いのない活動をしていこうと決意した矢先のコロナ騒ぎで、ファーム体験宿泊も、音楽活動も凍結状態になりました。

 人生50年。現代の平均寿命からすると短すぎると思われますが、自分にとってはリアルな数字です。

 6年前に、兄が45歳で原因不明の心臓停止で路上で亡くなり、その数週間後に高校の同級生が交通事故で逝去。それから2年ほどの間に相次いで親戚や友人が亡くなりました。人は皆いつか必ず死ぬ。しかし、自分はまだ死にたくない…。でも、なぜ、まだ死にたくないのか?どうすれば、死ぬ覚悟ができるのか?日々そのようなことを考えるようになりました。

 まだ死にたくないという理由は色々とありますが、その中でも、音楽家として培ったものを自分で抱えたまま誰にも渡さずに逝ってしまうこと、自分の理念を反映させたライフスタイルを実践していないことに対し、特に悔いが残ると感じました。そういう気持ちもあり、ここ6年間は過酷なコンサート・ツアー、毎年1枚のアルバム製作、様々な音楽家とのコラボレーション、ハープ・フェスティバルの企画運営、ワークショップの提供、新しいバンドの立ち上げ、ハープのメンテ技術の習得などに加え、持続可能ファームでの生活、ライフスタイル研究の学会発表など、収益を度外視して死ぬ前にやっておきたいことにかたっぱしから手をつけてきました。
 
 そんな中でのコロナ。

 いつまで続くかわからないコロナ渦の5月末に、芸術家としての発信を続ける手段として、東京在住の俳優、佐藤靖郎さんと一緒に「ぴおちゃんねる」を立ち上げました。コンテンツの準備は4月から始めていましたので、YouTubeビデオの製作には、およそ3ヶ月関わっています。チャンネル登録者数も視聴回数もまだまだ少なく、収益化にも程遠い状態ですので、現時点ではいわゆる底辺ユーチューバーです。

 それでも、週3本のコンテンツを精魂込めて作っていますから、かなり膨大な時間と労力をつぎ込んでいます。売れない芸術家の自己満足と馬鹿にされても、頑張っている割には視聴者の少ない「寒い」「イタい」チャンネルと揶揄されても、返す言葉もありませんが、1年間はこのチャンネルでの発信を続けるという佐藤さんと交わした決意に従ってビデオを作っていく中で、これは自分にとっての終活なんだと思えるようになりました。

 無名の自分には、マスメディアを通じて大勢のみなさんに音楽作品や思想を発信することはできません。しかし、YouTubeを通じて音楽作品と持続可能性を追求するライフスタイルの記録を残すことで、誰かが、どこかでいつか目にする機会があるかもしれないという希望を持つことができます。1年間頑張れば、150本のビデオを通じて知識や思想、音楽作品の多くの部分を記録に残せるので、これまでの半生の成果を整理し、死ぬ覚悟を固める絶好の機会となります。とは言いながら、たとえいつ死んでも良いと思える覚悟ができたとしても、できれば、あと20年くらいはジジイとしての挑戦をしながら生きていたいというのが正直なところです。

 この1年のYouTubeでのチャレンジは、いわば人生50年の終活。これまでの半生にけじめをつけて、来年から初心に戻って老年への一歩を踏み出すことにつながることを期待しています。

 

 

 

 

 

 

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朗読の新作、YouTubeにて。猫好きにはおすすめ!

ぴおちゃんねるより、朗読の新作です。「待ってくれていた猫」短編で、ほっこりするお話。
音響効果もラジオドラマっぽく凝ってみました。猫好きなので、自然と力が入った作品です。

【ぴおちゃんねる公開動画情報】
以前第2弾「桜と最後の嘘」で登場人物「彼女」役で出ていただいた宮松ぼたん(慣れないw)さんに今回は語りとして出演いただきました。
 3年間新国立研修所で修行してきた姿を何度か舞台で観てきたので、坊主頭から随分成長したなと(髪だけじゃなく)感じております。

どうやら来月あたりに早速舞台をやるらしいので、彼女のページでチェックしてみてください。

Reading 008「待っていてくれた猫」
<Cast>
朗読:宮松ぼたん(島田恵莉)
演奏:古佐小基史
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Readingコンテンツ第8弾
小学生の頃大好きで可愛がっていた猫の突然の死。
それから十数年、社会人になった彼女は帰り道に不思議な体験をする。

 

 

 

 

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命をいただくこと(前半)

 

ぴおちゃんねるでのファームVlogの特別版として、命をいただくことをテーマにしたビデオをリリースしました。ファームで育てたニワトリを屠殺〜精肉するプロセスを紹介します。前半では、具体的な手順を現場で撮影したビデオでご覧いただきます。来週以降にリリースされる後半は、子供に屠殺〜精肉を教える様子をご紹介します。食育にご興味のある方には、ぜひご家族でご覧いただきたいと思います。

 

 

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便利さの代償

 一昔前は、「音楽を聴きたいなあ」と思ったら、アンプの入力をフォノに切り替え、LPを盤面に直接指で触れないように注意深くジャケットから出してターンテーブルに乗せて、盤面を引っ掻かないように針をそ〜と落とし、20数分ごとにA面からB面にひっくり返さなくてはいけませんでした。その上、ちょっとホコリが付くとパチパチ雑音が入るし、ひどい時には針飛びをするので、ホワイトボードのマーカー消しみたいなホコリ取りの道具で定期的に盤面を掃除する必要もありました。針の交換やクリーニングも定期的に行う必要がありましたから、何かとメンテも大変でした。カセットテープはレコードよりは手軽でしたが、それでも赤のヘッドクリーナー液と青のローラーのクリーニング液を使って定期的に掃除をする必要がありましたし、古いカセットを再生すると、せっかくきれいにしたヘッドやローラーがすぐに汚れてしまう。磁化したヘッドから磁気をとるイレーサーなるテープ型のツールもありました。テープがローラーに巻き込まれる危険もあり、巻き込まれたテープを傷めないように取り出したつもりでも、再生すると音がクショクショとなってしまうし、そういう部分は再び巻き込まれる可能性も高く、そうなると大事なテープがオシャカです。オートリバース、自動頭出し機能が実用化された時には、その便利さに文明の進歩を感じたものでしたが、キュルキュルの頭出しがテープの寿命を縮めるので、結局その機能をオフにして使わなかったり…、まあ、色々とありましたね。ウォークマンが登場し、さらに便利になりましたが、早送りと巻き戻しをするとすぐに電池がなくなるので、鉛筆をアナにさしてくるくる手動での巻き戻しをやって電気を節約したものです。あっ、そうそう、ドルビーもCで録音したのをBで再生すると音がこもったり、テープもメタル、クローム、ノーマルの設定をしっかり確かめて録音/再生をしないと、音がおかしくなってしまうということもありました。

 これだけ面倒なことをやって、聴くたびに消耗するLPやテープという貴重な数少ない手持ちの音源を再生するので、自然と「よし、聴くぞ!」という気合をもって音楽を聴く姿勢になったものです。しかし今は、あまりにも簡単に音楽をかけることができるので、どこでもかしこでも「ながら」のBGMとして音楽が惜しげもなく浪費されていると感じます。

 このように、音楽に限らず様々な分野において、ここ数十年で面倒な手続きが必要となくなり便利になりました。料理、買い物、洗濯、バスや電車に乗る手続き、通信と連絡、風呂沸かし…、ここ数十年で様々な生活場面でもたらされた変化を考えてみると、実に驚くべきものです。全てが簡単で便利になりました。しかし人類は、この便利さのおかげで得た自由な時間とエネルギーを、その代償として支払っている膨大な資源消費と環境変容の代価として十分な価値のある有意義なことに向けているのでしょうか?便利さを乱用して、単なる怠惰や娯楽への耽溺に陥っていはいないか…。

 田舎暮らしで不便な生活をしていると、時間とエネルギーを様々なことに向けなくてはならず、音楽家としての活動量という単一の指標で見るならば、非常に効率の悪いライフスタイルを選択していることになります。しかし、この不便さが、音楽家/芸術家としての自分の能力向上や表現活動の足を引っ張っていると感じたことはありません。むしろ、音楽以外の時間に、音楽に向き合っている時と同じ程度の意識と注意力を払いながら日常生活を送らなくてはならない不便さがあってこそ、予測不能で自分自身以外に拠り所のない孤独な演奏場面において、自分の持てる技能を総動員して音楽に取り組む統合能力が鍛錬されていると感じています。これは、適度な不便さの賜物です。

 人類は、現代の便利さとの引き換えに、精神的な怠惰さの誘惑に引き込まれて、人間の最も重要な機能である「意識」と、生きていることを実感させてくれる源泉である「現在目の前にある現実に全身全霊で向き合う時間」を失いつつあるのではないかと思います。確かに、真剣な緊張感を持って普段の生活を行うことは楽ではありませんから、日常生活の活動を楽にやれる選択肢が増えること自体は決して悪いことではありません。しかし、それが度を超えて、人生の大半の時間を、現実から半分腰が引けたような中途半端な意識の状態で漫然と過ごすようになると、「なんとなく毎日がつまらない」「生きる目的が見つからない」「生きている意味がわからない」「何をやっても面白くない」と感じるようになります。引きこもりや鬱などの心の病が増えている背景には、すべてにおいてあまりにも便利になりすぎてしまった現代の生活様式があるのかもしれません

 ひと昔前は、水を汲む、火を起こす、食料を調達する、住居を整備するなど、生きてゆくための最低限のニーズを満たすのは大変で、今の時間を生きるのに精一杯だったと考えられます。現代の感覚からすると、ゆとりのないとてもみじめな状態のようにも思えてしまいますが、今を生きるのに精一杯であることは、必ずしも不幸な状態ではないと思います。生きる目的や人生の意味などという哲学めいた命題への答えを持ち合わせていなくても、現在この瞬間にそこで起こっていることに全身全霊で向き合っていれば、少なくとも退屈を感じたり、何をすべきかわからないというようなことで悩まされることはありません。むしろ、毎瞬を「生きている」というリアルな感覚が、不思議な充足感をもたらしてくれます。とにかく、できるだけ常に意識を呼び起こし、目の前にある現実とその瞬間の内なる世界で起きている出来事に真剣に向い合うことを続けていれば、それ自体が生きていることの意義と目的となり、その積み重ねの上に長期の人生の目標や生きがいなども見えてくるのではないでしょうか。