(連載)田舎暮らしのための意識改革ー前書き

 COVID-19の国際的なパンデミックに伴い、人口が密集し感染のリスクが大きな都会では、大幅な生活行動の制限が強いられています。そのような中、人口密度が低く、人の移動が少なく、食料や水などを地産地消で自給できる可能性が高い田舎での生活が見直されています。しかし、都会生活しか経験していない方にとっては、田舎での生活でのメリットとデメリットを具体的にイメージすることは難しく、実際に移住ということになると、二の足を踏んでしまう方がほとんどだと思います。

 アメリカのカリフォルニア州の内陸部、シエラネバダ山脈山麓の町から50キロほど離れた田舎に暮らしてみて、都会から田舎への移住を実りあるものにするためには、収入源の確保や生活環境の整備もさることながら、意識の改革が最も大切だと感じています。都会生活での価値観を田舎での生活に持ち込むなら、すぐに失望と挫折を味わうことになってしまうからです。

 本ブログでは、都会から田舎への移住を成功させるために必要な意識改革をテーマに、10回にわたって連載いたします。

本連載の概要

 長年都会で暮らしていると、田舎での生活に憧れを感じるものです。きれいな空気、青々とした木々、爽やかな風、満点の星、静けさ、鳥の声、風の音、美味しい水と食べ物…。しかし、現実面では不安や心配の種もたくさんあります。

 田舎には、すぐに現金収入に繋がる仕事は少ないのでは?

 ちゃんと食っていけるのだろうか?

 農林水産業の仕事はあるとしても、全くの素人がこの年になってから始められるんだろうか?

 病院や学校はあるのか?

 スーパーやコンビニはあるのか?

 そんなことをあれこれ考え始めると、「やっぱり非現実的なことだよな」と諦めて、田舎暮らしを人生の選択肢から消去してしまう。それはそれで、一つの賢明な選択です。事実、誰もが田舎での生活に向いているとは限りません。これは同時に、誰もが都会での生活に向いているとは限らないことを示唆しています。人間は、環境に柔軟に適応できるため、都会でも田舎でも、それなりに順応して暮らせるのですが、仮に人類の半分が本質的には「都会派」、残りの半分が「田舎派」であるという大雑把な前提で考えるならば、大部分の人口が都市に集中している現状では、本来は田舎暮らしが本質に合っていながら、それに反して都会で暮らしている人口がかなり多いと推察されます。そのように考えると、流通、種々のサービス、医療のケア、娯楽などの全てが充実している都市環境で生活しているにも関わらず、都市生活者の多くが過度のストレスを感じ、不健康な生活習慣に陥り、心身の健康問題は無くなるどころか多様化しているという奇妙な状況も、説明がつきます。

 現代の都会生活を取り巻く環境は、生来の「都会派」にとってもメリットをデメリットが上回り、すでに適応の限界を超えつつあるようにも見えます。コスト高の住居、高い物価、犯罪の危機、公害、衛生の問題、子育て環境の悪化や保育所不足、物や情報は溢れかえっているのに本当の豊かさを感じられないライフスタイル、通勤ラッシュや交通渋滞、災害への脆弱性、水や食物の安全性の問題、核家族化による高齢者の孤立、高い生活費を稼ぐために過剰労働をせざるを得ない状況、人口過密している中での孤独感、それらに加え今回のCOVID-19のパンデミックで直面した感染症の危険など、枚挙にはいとまがありません。

 これらの社会問題のなかでも、住宅コスト、犯罪、公害、衛生、子育て環境、渋滞やラッシュなどの人口過密に伴う問題は、生来の「田舎派」が都市から田舎へと生活の場を移し、都市部での過度の人口密集が軽減されれば、かなりの部分で解決されると考えられます。また、食品の安全性や健康問題の多くに関しても、田舎では、行政や社会全体の取り組みに期待するだけでなく、自給自足、地産地消など、個人と小規模コミュニティーの努力で問題に直接取り組むという選択肢もあります。

 さりながら、都会から田舎に暮らしを移行することは、決して簡単なことではありません。

 そもそも、若者が都会に出て行くのは、都会には、収入が高くてやりがいがある(かっこ良く見える)仕事がたくさんあり、かっこいい場所でオシャレな時間を過ごせる可能性が高いと思えるからです。あるいは、大都会でなくては学べない学問や芸術的技能もありますから、文化的な理由で移住をする方も多いでしょう。このことは、裏を返せば、田舎では、多くの仕事が収入の低いかっこ悪い仕事で、オシャレな場所も文化的な活動も少ないという認識が広く社会で共有されているということになります。

「かっこいい」「オシャレ」という点に関しては、本人の主観的な認識次第なので、必ずしも都会に軍配は上がりませんが、収入や文化活動に関しては、確かに都会の方が充実しています。そのため田舎では、どのように十分な現金収入と文化的な経験を充実させるかということは、大きな課題です。人口が密集していることで成り立っているサービス業に従事している場合には、田舎への移住に伴って農林水産業などの全く新しい職業に転職しなければならない可能性が高くなります。また、都会での職業を田舎で継続できる場合でも、現金の総量の小さな田舎のコミュニティーでサービスを提供するとなると、減収は覚悟しなくてはなりません。それに加え、人里離れた山奥で暮らす場合には、都会生活ではすでに存在していて当たり前の水道、ガス、道路、家屋、電気、通信などインフラの敷設と管理も自己責任で行う部分が大きくなりますから、収入に結びつく仕事以外にも、これまでやったことのないような様々な作業を自分でやらなくてはならない状況も多くなります。

 そして、田舎への移住には「田舎に引っ込む」というネガティブな連想がつきまとっていて、自分の社会的存在意義が著しく失われるのではないかという恐れと不安も伴います。人生の敗残者、負け犬、厳しい社会からの逃亡者など、まさに「都落ち」の悪いイメージを自分自身に与えて、自己嫌悪、自信喪失に陥ってしまうかもしれません。これらは、当人の気持ち次第で克服できるのですが、都市生活での成功を目指して多くの時間と労力をかけて努力してきたものにとっては、気持ちを切り替えるのはなかなかに困難です。

 筆者は、四国最大の都市松山に生まれ、高校卒業後は大都会東京に移り住み、東京大学医学部保健学科に進学し卒業後は東京大学医学部附属病院で看護師として勤務をし、その後アメリカに渡って音楽家という大都会向けの職業に従事しつつ、サンフランシスコなどの大都会からはおよそ240キロ、小さな町からも50キロ以上離れている田舎で、音楽制作と並行してファームの開発と自給自足の生活スタイルを目指して実験的な生活を実践をしています。

 この試論では、自らの経験から「田舎で暮らす」ということの現実を見据え、物質面と精神面の両方で豊かさを感じながら田舎で生活するために役に立つ意識改革を10の提言という形でまとめております。アメリカでの経験からの提言ですので、新規入植者と閉じられた地方の村社会での伝統や風習との対立、微妙で繊細な人間関係など、日本特有の問題に関しての提言は含まれておりません。これらのテーマに関しては、今後の研究の課題としております。この試論が都会から田舎への移住を考えているみなさんの一助になれば幸いです。

試論:田舎暮らしのための意識改革ー目次

提言1:他人任せではなく自己責任による心身の健康管理
提言2:シングルタスク型の生活からマルチタスク型の生活へ
提言3:お金による投資から知恵と労働による投資へ
提言4:金銭的報酬から精神的報酬へ
提言5:インフラはブラックボックスではなく知っておくべきもの
提言6:知識の蓄積でなく直感と感覚を用いる経験的学習
提言7:自分自身を知る
提言8:時計ではなく自然に沿った生活リズム
提言9:自然と文明の乖離ではなく健全な融合
提言10:雅(みやび)から雛(ひなび)の風流へ
 

 

Leave a comment