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木こり談義 

 コロナ騒動以来、音楽の仕事がないので、時々木こりの手伝いをして小銭を稼いでいるので、木こり談義を一つ。

 

 自宅で木こり作業をする目的は、主に朽木や倒木、立ち枯れの木の処理で、切り出した木はストーブ用の薪にします。ストーブの薪の調達に関する一連の作業を並べてみると、以下のようになります。

 

1)木の切り出し:チェーンソーを使って森林で朽木、あるいは立木を切り倒し、人力で動かせる大きさに切る

2)ぶつ切り作業:切り出した木をチェーンソーでマキの長さにぶつ切りにする

3)運び出し:マキの備蓄場所近くまで運ぶ

4)薪割り:太い幹の部分は、斧で割って丁度良いサイズにする

5)保管:家の近くの雨のあたらない場所に保管する

6)現場の枝の片付け:切り出しで散らかった現場で使えそうな枝は着火用の薪として確保し、その他の細かなものは集めておいて後日燃やすか、堆肥の材料として活用する。

 

 どの作業も重労働なので、一人でこれらの作業を一気に終わらせるのは無理です。1日に3−4時間程度ずつ、3日間でだいたい2ヶ月分のマキを準備できます。これで、おそらく150ドル分程度の薪を確保できますから、時給に換算する10ドルちょっと。ジムに行かなくて…

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現代生活の贅沢さ 

  数年前に5年連続の干ばつを経験したお陰で、蛇口をひねるたびに、「水を無駄にしてはいけない!」という意識が、自然と起きるようになりました。干ばつの時には、水を使うペースが速すぎると、井戸から一時的に水をくみ出せなくなるという事態になるのです。下手をすると、雨季が来る前にそのシーズンの水を使いはたしてしまい井戸が枯れてしまうという恐ろしいことになりかねません。

 水の無駄を極力抑えて生活してみると、水洗トイレで流す水は恐るべき無駄であることに気づきます。1回トイレを流す水で、大人一人に必要な飲み水の2日分は楽にまかなえます。シャワーが温かくなるまで流してしまう冷たい水も、干ばつの時にはバケツに汲み置いておくのですが、それでトイレを2回流せるほどの水を節約できます。

 ちなみに、古佐小家の暖房設備は、薪ストーブのみです。冬になると、面倒な火おこしが日常です。こういう生活をしていると、薪はもちろんのこと、火を起こすときに必要な小枝や木の切れっ端も、価値ある「お宝」に見えてしまいます。慣れてしまえば、乾いた小枝と中くらいのサイズの枝を使えば、新聞紙1枚とマッチ1本で5分以内にストーブの火が起こせるのです。もっとも、…

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新たなYouTubeチャンネル、開設いたしました! 

誕生日をもって、新しいYouTubeチャンネルを開設しました。俳優の佐藤靖朗さんとのコラボでコンテンツを配信するチャンネル。Reading(朗読)、Music(音楽)、Nature(自然)、Life(生活)の分野で、いろんな番組を作っていきます。   "Place in our heart" 心の中の場所。ここから全ては始まります。自分の心で感じられる感動や気づきは、そのまま以心伝心で、直接相手に伝えることはできません。芸術家は、その内的な経験を呼び起こせる媒体として、芸術作品を生み出し、それを鑑賞するみなさんの心の中に、自分が経験したのと同じ感動や気づきを投影しようとします。   このように、全ての始まりとなる心の場所が、このチャンネルのテーマです。   そのため、作品のパフォーマンスだけでなく、アーティストとしての生活の側面や、カリフォルニアの自然の中での自給自足を目指す生活の一コマなど、生活全般にまたがる内容のコンテンツを作るつもりです。   正直なところ、これからどのようなチャンネルに進化するかは、自分たちにもわかりませんが、Place in our…

パーマカルチャー/持続可能な生き方 

 古佐小ファームで取り組んでいる試みは、パーマカルチャーに分類されます。日本ではまだあまり浸透していない用語かもしれませんが、定義は以下のとおりです。

Permaculture is a system of agricultural and social design principles centered around simulating or directly utilizing the patterns and features observed in natural ecosystems.”

「パーマカルチャー(持続型農業、持続型文化)とは、自然の生態系に見られるパターンや特徴の直接活用とそれらの模倣を主軸とした農業と社会デザイン原理のシステムである。」

 

 有機農法も服もより大きな概念で、パーマカルチャーでの農業は、有機肥料や有機除草剤なども使わず、その場の自然の生態系のサイクルの範囲で食料を確保する環境を整備するので、自然農法に近いものになります。ただ、パーマカルチャーでは、食料だけでなく、水、燃料などの生活に必要な様々な資源を確保できる環境を整え、その供給が半永久的に持続可能な状態を目指します…

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なんで中年のオッサンが働き盛り? 

なんで中年のオッサンが働き盛り?

 

 もう数日で49歳になるオッサン。中年の中の中年。これが中年でなかったら、世の中に中年などという者は存在しないほどの直球ド真ん中の中年です。20代の頃は、テレビなどで「50歳といえば、ちょうど働き盛りで云々…」と言われているのを聞くたびに、「なんでそんな片足を棺桶に突っ込んだようなおっさんが働き盛りなわけ?」と不思議に感じましたが、実際にそうなってみると、その謎が解けてきました。

 

 アラフィフ。アメリカに移住した後に日本で発明されたナウい言葉なので「中年」よりはカッコよく響きますが、中身は一緒ですよね?一応健康でも、近くの物が見えにくくなり、髪の毛やヒゲに白い物が混じり、ちょっと油断すると太るくせに、歯茎はだんだん痩せてくる。血糖値や血圧を心配し、徹夜などしようものなら次の日はヘロヘロ。怪我をしたら回復に時間がかかり、病気になったらなかなか元どおりには戻らない。四十肩や五十肩は序の口で、無理したら腰痛や筋肉痛。何かを取りに部屋に入って「あれ、オレは何をしにここに来たんだっけ?」とボケをかまし、いびきや加齢臭で若者からも毛嫌いされる。確かに、20代の青年に比べたら、見事に片…

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ファームという芸術 

 ファームでの生活。この土地に引っ越してきて4年あまり。ここに来る前も、畑や家畜の飼育をやっていましたから、ファームの真似事を始めてから10年ほどになります

 ファームと音楽活動。全く関連性のない活動のようにも見えますが、手段と規模こそ違えども、どちらも芸術であることには変わりはないという認識を持っており組んでいます。

 音楽は、その瞬間と楽曲の継続する数分間という短い時間の中で作られ、その時間が終わると速やかに姿を消してしまう芸術作品ですが、ファームは、何年、何十年という時間のなかで作られ、自然の流れともに進化し、生態系や景観として環境の中に長期間存在できる芸術作品です。

 どちらも、そこに携わる芸術家の価値観と人物像が作品に強く反映される点は同じですが、音楽では、瞬間的な瞬発力のあるインスピレーションを表現でき、ファームでは、長期的な持続力を持つ価値観と生活そのものを表現できます。

 音楽では、音という宇宙の法則に支配された物理現象の法則を学び、そこでの調和を目指した音の構造物をつくりますが、ファームでは、自然の生態系と生命の法則を学び、様々な生命体との調和を保ちつつそこからの恵みを得られる仕組みをつくります…

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無心である喜び 

無心である喜び

 

 生きることに真面目であればあるほど、何事においてもその意義と目的を考えてしまいます。音楽家が、何をどのように、何のために演奏するのかを明確にして楽器に向かうのことは、むしろ褒められるべき正しい心がけですが、最近は何も考えずに、ただ無心に目の前のことに向かうのも悪くないと感じています。

 

 草木に目をやると、そこに存在し続けるということ以外の目的を持っていないかのように、そこで淡々と生きています。花を咲かせ、種を結び、枯れてまた新芽を吹く。もちろん、光合成によるガス交換、地中の有機生命体との関わりなど、全体の生態系の中での役割を担っているという見方も出来ますが、そんなことは、彼らが意識して作った目的ではなく、全体としての存在の関係性による相対的な目的に過ぎません。草木ですら、ただそこに存在するだけでも十分に美しく、そのことだけで十分に目的を果たしているとすると、人間が確固たる目的やゴールもないままに何かを行う時間、あるいは何もしないでぼうっとしている時間も、確固たる目的に向かって意識的に努力をしている時間と同様に、意義深いものに違いありません。

 

 音楽家は、向上心を持っていればいるほどいろん…

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音楽を聴くということ 

「音楽を聴く」とは、手で触れることのできない時間軸の沿って展開された音の構造物である音楽、つまり4次元の構造物と心眼を通じて向き合うことです。その時に、音楽の聴き手内面では、いったい何が起きているのでしょう?

 

 通常の感覚では、過去/現在/未来に起こっていることを同時に知覚することは出来ませんから、4次元の建築物としての音楽は、直接的な知覚でリアルタイムに把握されるのではなく、経時的にインプットされる感覚のデータが時間の制約を超えて脳内でつなげられて、バーチャルな構造物として認識されることになります。初めて聴く曲の場合には、曲が始まった時点からインプットされる感覚情報が、脳内でバーチャルな構造物へと随時変換され、曲が演奏されるに従って全貌が少しずつ明らかになってくるという感覚です。すでに何度も聴いたことのある曲の場合は、過去にインプットされた情報によって脳内に作られている漠然とした全体像に、現在進行している演奏の音が知覚として加わることで、細部までくっきりと浮かび上がってくるという感覚を経験できます。

 

 また、音楽を聴いている時には、音の流れとともに自分に内に流れる感情や感覚、思考を観察できます。同じ音楽…

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音楽における間(ま)の重要性 

 音楽の道に入ると、まずは「音を出す」ことに関する技術や知識を身につけることに一生懸命になります。どうやったらいい音を出せるのか?どうやったら美しく豊かな表現でメロディーを演奏できるのか?どうやったら気持の良いリズムを産み出せるのか?このような課題に取り組みながら、努力を続けていきます。

 

 音がなければ、音楽は成り立ちませんから、音楽家が音を出すということを極めようと努力をすることは、ごく自然な成り行きです。しかし、長年音楽と関わっているうちに、音楽の最も大切な要素は、音自体ではなく、むしろ音と音との間に存在する時間的な空白と、複数の音の間の音程の間隔、すなわち間(ま)の部分ではないかと考えるようになりました。

 

 そもそも、音楽とはいったいなんなのか?この問いに対しては、それぞれの音楽家が独自の検証と理解によっていろんな視点から語ることができますが、個人的には、「音楽とは、4次元空間に建てられる音を素材にした建築物である」という認識を採用しています。時間というX軸に「長さ」、周波数というY軸に「高さ」、音量の大きさというZ軸に「大きさ/幅」という奥行きを持った構築物で、その表面の色や手触りが「音色」といわ…

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都会から田舎への移住に伴う意識改革(10)文明からの離脱ではなく、自然と文明の健全な融合を 

提案9)文明からの離脱ではなく、自然と文明の健全な融合を

 都会から田舎への移住を選択される方は、おそらく環境問題などの現代に特有な様々な社会問題への意識が高く、中には現代文明の否定という動機から、全てを自給自足するハードコアなサバイバルをしながら、自然への回帰を目指す方もいらっしゃいます。確かに、そのような生き方もあるとは思いますが、最初の一歩のハードルがあまりにも高く、また、それを続けるためには、非常な覚悟と並外れた体力と精神力が必要となりますので、一般人がモデルとすべきライフスタイルとはなり得ません。

 田舎での生活では、テクノロジー社会への反発を動機として行動をするのではなく、むしろ、先端的なテクノロジー、どのような物品でも宅配で手に入れることができる高度な流通システム、インターネットによる情報通信網、交通機関の発達で数時間以内には都市部に出ていけるという便利さを選択的に賢く活用することで、自然と文明の健全な融合の中で生産性の高い生活を送ることができます。

  そもそも、先進国に暮らしている場合、現代文明から離脱して生活することなどは、ほとんど不可能です。古佐小ファームでは、水、食料、エネルギー、インフ…

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